ビリーの話

 言うまでもなく、ハンターは死亡率の高い職業だ。先週一緒に飲んだ相手の訃報を掲示板で知るなんて珍しいことではなかったし、ハンター歴が長くなってくるとアウター探索中に死体に遭遇しても驚かなくなる。ミッションを受けたまま何の報告もしなければ行方不明として扱われ、やがては死亡したものとして失踪宣告が出される仕組みだから、どんな状態であれ死体が確認されるのはまだマシな方だ。死んだと思っていたハンターが、惚れた相手と一緒になるために堅気の仕事を始めていたなんて笑い話もあるにはあるが、そんな幸せな話はそうそう転がっていない。ハンターは夢を追う仕事だったが、同時に現実と向き合う仕事でもあった。

「久しぶりじゃないビリー!」
「アッシュ! 久しぶりだな」
 立ち寄ったバーのカウンターで背中を叩かれたオレは目を丸くした。大きなヤマを追っているときならまだしも、キャンプでもない場所で他のハンターに会うことは珍しい。ましてやアッシュは未成年だ。酒の他はつまみ程度しか出さないバーで出会うとは思っていなかった。聞けば情報収集中だということで、最初は追い返そうとした店主も先ごろの事件――三賢人であるアルバートが引き起こした大きな混乱――を解決した立役者であることを知ると快諾したらしい。「サインはいらないんですって」とアッシュは笑ったが、オレの前にビール、アッシュの前に本来は割り物だろうソフトドリンクを置いた店主の表情を見るに“快諾”という言葉には語弊がありそうだ。
「キミのおかげで報酬の交渉がしやすくなったよ。あのミッション――ウロボロスに突入したっていうの、一生自慢できそうだ」
「それはアンタの実力よ。腕が悪かったら死んでただろうし、アタシやヴァンが安心して突っ込んでいけたのも、ビリーたちがガーディアンベースを守っていてくれたからじゃない。だいたいそれを言い出したらモデルAをアタシに預けるっていう英断あっての今って話になってこない?」
「そう言われると言い返せないな。……ま、お互い様ってことだな」
 オレがグラスを目の高さに掲げると、アッシュも軽くグラスを上げた。物怖じしないのは性格もあるだろうが、小さい頃から大人に囲まれて育ったのだろう。オレは彼女の年の頃どころか酒を飲めるようになっても、酒場に身の置き所を見つけるには時間がかかった。
「そう言えば……キミの知り合いらしいヒトに会ったんだ」
 オレが少し前にキャンプで会ったハンターの特徴を告げると、アッシュは頷いた。
「知ってるヒトよ。まだ生きてたみたいね」
「あ、ああ。すごく元気そうだったよ」
「でしょうねー、死ぬのかどうか疑問だもの」
 そっけないようでいて近しさが感じられるアッシュの反応に、あのハンターとはどういう関係なのか聞きたくなったが、世間話のつもりが立ち入った話になってしまった過去がある。オレが好奇心を飲み下すためにビールを口にすると、アッシュの方から答えを言った。
「そいつよ、アタシを育てたハンターってのは」
「へぇ!」
 オレの中では表舞台を降りたことになっていたが、どうやら現役ハンターとしてご存命だったようだ。雑談や情報収集にしては様子が違ったのも、育てた子を案じていたのだとしたら納得できる気がしないでもない。向こうがそう言ってくれれば警戒も少しは緩められたものを。手の内を明かさないまま重ねた会話を思い出すと、ビールの苦味が増した気がした。
「アタシの活躍を気にするなんて可愛いとこあるじゃない」
「素性が分からなかったから大した話はしていないんだ。連絡先も聞いていないし」
「構わないわ、連絡してくるなって言われてるもの。向こうも知りたきゃ自分で調べるでしょうよ」
「まあ……結構知った上で話しかけてきたっぽかったな」
 よし、と一声。いつの間に空にしていたのか、アッシュはグラスをカウンターの奥に置いた。
「先に行くわ。この店で聞けることも粗方聞き終わったから」
「ああ、気をつけてな。オレはもう少し飲んでいくよ。明日は休養するって決めたんだ」
「ありがと。またどこかでね」

 ハンターは死亡率の高い職業だ。再会の約束を双方が生きた状態で果たせるとは限らない。それでもオレは自分やアッシュが来週も生きていることに疑問を抱かない。生き残る可能性は技術や経験によって高められるが、危機に瀕した土壇場では意志の強さや運の方がずっと重要だ。これはある種の才能で、学んで身につくものではない。験担ぎかもしれないが、生きていることを信じるのも大切なことだ。ハンターは現実と向き合う仕事で、そのために希望は不可欠だった。

投稿日:2018年6月12日