EXP
中身の詰まったヘルメット、腹から上がない体。地面から生えた肉の胸像は奇妙な角度に傾いて、その先には銃を握ったままの腕が落ちている。溶断された傷の特徴として出血は少なかったが、そんなことは気休めにもならなかった。モデルVの放つ耳鳴りに似た音が、染み出した水分でぬめるように光る岩肌に反響する。呼吸を確かめるまでもない、ついさっきまで生きていたヒトビトの骸を呆然と見ているヴァンに、惨状を作り出した張本人であるプロメテは悪びれることなく言った。
「分かったか? こいつらは生かす価値もないクズなのさ」
違法ハンター――政府が統括するハンターギルドに所属しない彼らによって発掘された品は、地下ルートで売買される。扱う品の合法性については運び屋を営むヴァンがとやかく言えることではなかったが、彼らの身を調べて出てくる罪状は盗掘だけではない。それでもヴァンは、モデルVの贄とされようとしている彼らをむざむざと見捨てることはできなかった。
光弾をものともせずに囲みを狭めるイレギュラーと、時折煽りながらそれを傍観するプロメテ、積極的な攻撃は加えないものの退路を塞いでいるパンドラから助けるために割って入ったはずで、実際イレギュラーを掃討し、プロメテ達を退けるところまでは成功した。
助けたはずのハンター達に銃口を向けられる。パニックを起こした結果ではなく冷静に。想像すらしたことがない、現実に起きている事態を理解できないまま、ヴァンは武装しなおすことも忘れて覆面に隠された顔をただ見つめていた。プロメテが現れなければ、今ここに転がっているのは自分の死体だっただろう。
「おい」
「……ッ!?」
たった一歩。数メートルの距離をないもののように詰めたプロメテが、携えていた大鎌を逆袈裟に切り上げる。ロックオンしていない状態でその動きを目で追えたのは、偶然に過ぎなかった。防御も回避も間に合わない。後ろに飛びずさろうとしたヴァンは、その慣性も上乗せした力でもって吹き飛ばされた。
「が……っ!」
背中を強かに壁にぶつけて、ずるりと床にへたり込む。プロメテの斬撃を受けるのは初めてではなかったが、非武装の身体で受ける衝撃は桁違いだった。かろうじて意識は失わなかったものの、頭はガンガンと痛み、視界は焼けでもしたように黒く抜けている。備えなければという意志はあるのに、体に力が入らない。こみ上げる吐き気を押して体を起こそうとしているところに、アーマーが擦れる硬い音が鳴った。
「よく今日まで生きてこられたな」
プロメテはヴァンの胸ぐらを掴んで引きずり起こすと、投げ捨てるように部屋の中央へ連れ戻した。受け身を取ったつもりだったが、殺しきれなかった衝撃によって視界は大きくグラリと揺れる。もったいぶるような足取りで、プロメテが近づいてくる。
「お前が動けなかったのはなぜだ? 命を救った相手に殺されそうになったからか? 連中はそんなこと気にしちゃあいない。一儲けするためにモデルVを持ち帰る。その妨げになるものは排除する。イレギュラー共と同じくらい単純な行動だ。お前の人助けよりずっと分かりやすい」
ヴァンを見下ろしたプロメテは大鎌を肩に担いだ。その先に、刃はなかった。
斬られていない。今さら気づいた自分の間抜けさ、そして手心を加えられた屈辱に、カッと頭に血が上る。向けられたヴァンの怒りに、プロメテは嘲笑をもって答えた。
「大人しく待っていればガーディアンの連中が迎えに来てくれるだろうよ」
破壊を免れたモデルVに惹かれたのか、部屋の入り口には再びイレギュラーが集まり始めていた。プロメテはくるりとヴァンに背を向けて、イレギュラーの群れと向き合った。空気が唸るような音を立てて光刃が現れる。ロックオンして立ち上がるヴァンに、プロメテは慌てる様子もなく背を向けたままで言う。
「やめておけ。これ以上お前と戦う気はない。殺しちまう」
「逃げる気か!」
「逃げる? それは違うな」
プロメテは大鎌を振るって発生させた衝撃波で、部屋に入ってこようとしていたイレギュラーの一群を破壊した。予想外の行動に驚くヴァンを、プロメテは肩越しに見返った。
「俺がお前を見逃がしてやるんだ。……行くぞパンドラ」
自分を通り越したプロメテの視線と言葉に、ヴァンはハッとして振り返る。
モデルVの隣に浮かんだパンドラの姿を認めたとき、大きな爆発音が轟いた。イレギュラーの残骸から出た火花がオイルに引火したのか、それともプロメテが火球を放ったのか。状況の確認も間に合わないまま、ぶわりと膨らんだ熱い空気が押し寄せる。
「また会いましょう」
焼けつくような熱風の中、涼やかなパンドラの声が耳に残った。
「……すまない」
「いいえ。あなたが無事でよかった」
負った怪我の痛みよりも、モデルVを奪われたという事実のほうが辛い。気遣ってくれているのだろう。穏やかに微笑んだプレリーは首を振ると、椅子を回してモニターに向き直った。手元に投射したキーを操作して、晴れない顔をしているヴァンをちらと見やる。
「回収されるモデルVの反応を追ってみたの」
覗き込んだモニターには、衛星から送られるデータを元にした広域地図が表示されていた。ミッション前に見せられるものとほぼ同じだ。未開拓地域が多いせいか、都市の名前が表示されている地域よりも、詳細不明と表示されている地域が目立っている。灰色に沈んでいる場所は、イレギュラーの発生によって居住できなくなった地域だろうか。
プレリーの指が指し示した、先のミッションで訪れていた遺跡の位置には、モデルVと記されたマーカーが浮かんでいた。
「これがヴァンが戦っていた時刻……そしてこれが」
プレリーがキーを滑らせるように撫でて時間を送ると、マーカーがふっと消えた。
「プロメテ達がモデルVを回収しただろう時刻よ。あなたとの通信記録と照らし合わせると、ほぼ間違いないわ」
ガーディアンベースの操舵室にある、メインモニターの表示の大元でもあるこのシステムを開発したのは、先代の司令官だという。送られてくる救難信号を反映させることもできるが、イレギュラーの発生のような不自然なエネルギー反応の探知が主な用途だった。当然ながら、精度は高い。破壊以外の理由でモデルVの反応が消えたということは――ヴァンは意味を推測しながらも、プレリーの話の続きを待った。
「あれだけ大きなエネルギーを有するものを隠し持つことは困難だわ。それも複数。覚醒に近づいたデルVを再び眠らせる方法があるのか、それとも衛星経由では探知できない場所――エリアKなんかじゃ及ばない、もっと地中深くにあるのか……」
もう一度顔を上げてヴァンを見たプレリーは、先ほど見せた微笑みとは別の、皆を率いる司令官らしい笑顔を浮かべていた。
「考えてみる価値はあると思うの。もしかしたら……一気に挽回できるかもしれない」
- 投稿日:2016年5月17日