「ならず者の流儀」と地続きの話で、「スタビライザー」の裏話的な話です。
以下のものが含まれます。
- 合意の上での性行為
- クロノからアカバへの片思いを前提とした、シライからクロノへの片思い
- 報われない片思いのシライ
正気の行方
シライがクロノへの恋を自覚したのは、二度目にクロノに会ってからだった。
二〇八四年という途方もなく先の約束と、その日を待つまでもなく知った巻戻士という職業。元いた時代の日付と転送された先の日付のずれはあるものの、カレンダー通りにひとつ年を取るごとに色濃くなる、あの日の彼らが自分と同じ年の取り方をしているとは限らないという可能性。
恋だと自覚した理由は、シライにとって「最後の任務」と言える任務の失敗を機に綯い交ぜになってしまった感情を切り分けていって残った痛みが、紛うことなき失恋の痛みだったからだ。
年齢差は十二歳。仮にクロノが年上好きだとしても限度というものがあるだろうし、そもそもクロノは恋愛などしている場合ではない。その原因にはシライの過失が多分に含まれるから、クロノを鍛え上げると誓ったシライもまた、恋などにうつつを抜かしている場合ではなかった。
クロノが特殊機動隊に入隊するまでの四年間で、シライは自分の恋心に折り合いをつけた。
手を入れなければ、人の想いは時間の経過と共に緩やかに形を変えていく。クロノを最強の巻戻士にするという約束は未だ果たせていないものの、見えないように蓋をしたシライの恋心は、いつの間にか蓋を開けて眺めても平気な程度に放つ熱を鎮めていた。
転機はクロノがシライにアカバのことを好きだと明かしてきたことだ。
いや、クロノがセックスの仕方を教えてほしいと言ってきたことだろうか。
シライにとって他人が自分のことを好きではないのは珍しくもない事象で、数多くの任務をこなし、組織の中で重要な位置を占めるようになった今でも、シライは人の好意というものを信じきれないでいる。
シライはクロノに、そしてトキネに対して何もなせなかった。
抱かせた期待を裏切ってすらいる。
だというのにクロノがシライを嫌っていないらしいこと、信頼と呼んでいいものを寄せてくれていることは、シライの人生の中で超が付くほどに貴重なことだった。
シライはクロノが必要とするものはすべて与えてやりたかった。最初に交わした約束に関わりがあろうと、なかろうと。
クロノに何かを求められたとき、シライが思い浮かべる返事はまず承諾で確定。あとはそれをどう実現するかだ。幸いクロノは空に浮かぶ星が欲しいなんていう、叶えた後の置き場を考えなくてはならないようなものは欲しがらなかったから、シライは安心してクロノが望むすべてを供出できた。
クロノの口からアカバのことを好きなのだと聞いたとき、シライはショックを受けた。自分の恋心を昇華したつもりだったシライは、まさか自分がショックを受けると思っていなかった、そのことに対するショックだった。
セックスの仕方を教えてほしいというクロノの頼みに対して、脊髄反射で選択済みの「はい」のボタン。隣にある「いいえ」はグレーアウトしている。
シライが技術習得に向けてのロードマップを描きながら考えたのは、なぜクロノの好きな相手が自分ではないのかということだ。かつて散々考えたことを根拠に馬鹿らしいと否定しても、その考えはシライの頭に居座り続けた。クロノにとってシライは師でしかなく、だからこそアカバへの恋心を明かし、セックスの教授を頼んできたというのにだ。
シライはいつだったかクロノが言った「おれはトキネを救うのがおれじゃなくてもいい。トキネが助かることが大事だから」という言葉を頭の中で反復する。クロノは守りたいものを守るための手段を選ばない。シライはクロノに倣って、大切なものを大切にするための方法を考える。大切なのはクロノの心で、クロノの望みを叶えることだ。
シライの心には「もしクロノの恋が叶わなければ」と思ったことが棘となって刺さっている。シライはクロノの幸せを心の底から願っている。本当の本当に、クロノには幸せでいてほしいのだ。
絶対に気づかせてはならない。
シライは自分に言い聞かせた。
慣れているふり。薄っぺらなふり。いつも通りの先輩面。
漆を重ねるようにして塗り固めてきたシライの仮面は、下地である「初対面のふり」のおかげで相当うまくいっていた。
クロノが左肩から振り返る。右目は眼帯で塞がっているから当然で、巻戻士は往々にしてそうだった。
シライはベッドの上に伏せたクロノの腰を捕まえて挿入し、指で散々覚え込ませた気持ちのいい場所を擦ってやっているところだった。忍耐強いという汎用性の高いクロノの才能は、後ろで快楽を得られるようにするにも有用だった。
シライは無意識に逃げようとするクロノの腰の位置を正す。びくりと体を震わせて、見えもしない自分の腹の中を見ようとしたクロノは、再びシライの方を見るとイヤイヤと首を振った。
「それ、もうイヤだ」
「ん、分かった」
シライはクロノの腰を放してやり、代わりにベッドに手をつき奥まで自分を押し込んだ。
クロノが息を合わせるタイミングは完璧。入り込んだシライを拒むことなく、シライの体に尻を押し付ける。よくできたと頭を撫でてやってから、シライはクロノの腹の内側をこねた。肌よりも温かな温度がシライを包む。
「ここは平気か?」
「うん」
「アカバにもっとしたいって思われたいよな?」
シライが動くたびに息を漏らすクロノは、声を出さずに頷いた。
「男は視覚で興奮する。おまえも男だから自覚あるだろ? 気持ちよくなれるところたくさん見せてやれ」
シライは自分に抱かれているクロノの意識が、他の誰でもない、シライ自身に向けられていることを知っている。想い人の姿を重ねるのではなく、シライの一挙手一投足を見て、シライの言葉に耳を傾ける。学習のためには当然のことながら、シライは自分の嘘が暴かれやしないかとひやひやする。
シライはクロノに「嫌なときは言え」「気持ちいいときも言え」と伝えたが、名前を呼ぶようには言わなかった。まさかアカバとしている最中に呼び間違えるようなヘマはしないだろうが、万が一を考えたのだ。
クロノはアカバを受け入れるためにシライを頼った。シライの役目は露払い。胸の痛む事実をいくら考えても自身が萎える気配はなく、シライはそのままクロノの深い部分を突き続ける。クロノの声が聞こえる。声変わりを済ませたあの日と同じ声で、気持ちがいいと告げてくる。シライが教えた通りに。
「なあ、クロノ」
シライの声に応えるように、クロノの中がうねった。
クロノはアカバのことが好きだ。クロノがどうにかこうにか言葉として紡ぎ出した感情を、シライはよく知っていた。
こんなことをしていい訳がない。シライがクロノに教えるべきはセックスのやり方ではない。分かっている。最初からずっと分かっている。
シライは自分の口を塞ぐ代わりに、クロノのうなじに口づけた。
- 投稿日:2024年12月7日
- シライがかわいそうなので書きかけのまま置いていたものを形にしました。
文中のクロノのトキネを救うのは自分じゃなくてもいいという発言は、もしもの話をされたときにクロノが答えたもので、自主的に言ったわけではないです。