#運命の巻戻士 Twitter2024年8月10日 10:48に言った「事故で死ぬのがトキネじゃなくクロノな方の世界で、毎年ふらりと訪ねてくるシライと兄の死を悼み続けるために形だけの結婚をしたトキネが、初夜に儀式的にセックスしようとして勃たずに謝るシライのごめんがどうしても兄に対するものに聞こえてしまうやつ」を書こうとしたんですが、トキネが後ろ向きなん落ち着かんなぁ!ってなったから供養。#追記 2024/08/14 9:42 結婚後の生活を足しました。伏せた部分を読む「わたしと結婚しませんか」 プロポーズはトキネからだった。 シライの人となりを十分に知っているとは言い難い。 なにせシライは年に一度、兄の命日に訪ねてくるだけの男だったから。 兄が命を落とした場所で待ち合わせて、トキネの家まで案内する。途中で買うお供えは、トキネの好みに合わせて買い求められる。最初に聞いた「知恵を貸してくれ、菓子だけに」というダジャレは全く上手くなかったけれど、買ってくれるお菓子はいつもおいしい。それだけに、兄の感想が聞けないことが寂しい。 家までの移動時間と、二つ折りにした線香が燃え尽きるまでを十二回分。 それが、トキネがシライと過ごした時間の全てだった。 兄の葬儀はこじんまりとしたものだった。 トキネが生まれるよりずっと前に流行した感染症の影響で、葬儀は身内だけで行われることが主流になっていたが、もし大々的にやったとしても、参列者は少なかったに違いない。トキネは兄が友達と遊んでいるところを見たことがなかったし、友達の話を聞いたこともなかった。 当時のトキネは小さくて、両親と兄の担任が話している内容は半分も理解できなかったけれど、家を出るときの担任が、どことなくホッとした様子だったことを覚えている。そのせいか、それとも違うのか、通夜も告別式も、子供はトキネだけだった。 棺に収められた兄の顔は穏やかで、暗い顔ばかり見ていたトキネには、知らない人であるように見えた。 去りどきが分からないでいるところを母に背中を押されて、元の席に戻る。 シライを見たのは、そのときが初めてだったと思う。 視線を感じて顔を上げて、知らない大人と目が合ったのだ。紫がかった黒髪の、黒猫みたいな黄色い目の人。今なら目礼でもして済ませるところを、トキネは驚き立ち止まってしまった。その日トキネに話しかける大人は一様に、トキネと目を合わせないようにしていたから。母が肩に手を添えてこなければ、そのまま立ち尽くしていたかもしれない。 焼香の列が切れ目なく続いて、両親に倣って頭を下げる。 シライの背中を見たトキネは「さっきのひとだ」と思ったけれど、その日はもう目が合わなかった。 命日は必ず平日になるわけではない。 一周忌、三回忌、七回忌。法事は先に延ばさないという、誰が始めたのか分からない慣例に則って、両親は年忌法要を仕事の都合がつく日に前倒しで執り行った。命日は命日で手を合わせるし、月命日だって朝晩にだって兄の写真を見ているから、法要は両親の言う通り「そういうもの」なのだとトキネは理解している。お宮参りと七五三に神社で撮った写真があるし、クリスマスには毎年ケーキを食べる。小さい頃にはハロウィンだってやっていた。 だから毎年きっちり命日に現れるシライは、トキネから見れば不思議な存在だった。 七月七日の、兄が死亡した時刻。 トキネは最初それを覚えていなかったが、毎年シライが同じ時刻に現れるものだから、逆に覚えてしまった。 七回忌を翌年に控えた頃にはトキネも中学生で、少しは物事が分かるようになっていたから、シライに七回忌法要があるらしいことを告げ、家族だけでするものだけどよければ、と誘ったのだ。一年先の話で、土日にやるということ以外、詳しいことは決まっていなかったけれど。 その時のシライの答えは否だった。 トキネの家のダイニングテーブルについたシライは、先ほど手を合わせたばかりの兄の写真を寂しそうな顔で見てから、「この時間以外来られねえんだ」と首を振った。シライは元々浮世離れした感のある人間だったが、そのときトキネは幽霊を見ているようだと思った。 驚いたときのシライは、急に人間に出会った猫のような顔をする。 トキネがプロポーズをしたのはこれが初めてだったが、シライが断ろうとしているということは分かった。後学のために断り文句を聞いてみたい気がしたが、反論を用意するのが面倒だ。「おじさん結婚してる?」「いや」「だよね、指輪してないもん」「……しない人もいるだろ」「でもしてないんだよね」「からかうのはよせ。トキネちゃんとおれじゃ年が離れすぎてる」「お兄ちゃんならよかった?」「……!」 分かりやすい反応だった。 シライはたぶん、トキネの――トキネの兄の前を、自分の感情を隠さなくていい場所だと思っている。十二年分の積み重ねを裏切るようで胸は傷むが、トキネとしては今決めてしまいたかった。 前を向きたくないわけじゃない。ただずっと、兄のことを思っていたかった。 ◇ シライはトキネが実家から持ち出した写真を、一枚一枚、目に焼き付けるように見ていた。風呂から上がったトキネが続きは明日にしたらと言っても、もう少しだけと繰り返すばかりで、一向にモニターの前を離れない。 諦めたトキネが隣に座ると、シライはこれ幸いとばかりに、写真にまつわる思い出話をねだってきた。トキネとしても兄の話ができるのはやぶさかではないから、記憶を手繰り寄せて話をする。話の取り散らかり方は子供を相手にするのにも似ていて、これではどちらが年上だか分からない。 トキネが実家にいた頃、訪ねてきたシライにシライと兄の思い出を聞かせてほしいと言っても、シライは困った顔をするだけだった。「トキネちゃんに言えることじゃねえんだけど」という前置きと共に聞かされた「気持ちの整理がついていない」という言葉は、確かに肉親相手に言うには不適切だ。 それでもトキネがシライを兄の知り合いであると信じて疑わなかったのは、リビングに飾られた兄の遺影を見るシライの目が、懇意にした相手でなければありえないほどに柔らかかったからだ。トキネは兄のことをそんな風に愛しげに見る人間を、両親の他に知らなかった。「おじさん、そろそろ寝ないと。明日も仕事でしょ?」「トキネちゃんは?」「わたしはお休み!」「じゃあもう少しいいだろ」「もー、知らないからね」 トキネはシライが何の仕事をしているのか知らない。毎朝ふらりと出て行って、夜に帰って来ることもあるし、日をまたぐことも珍しくない。弔問するシライがスーツを着ていたのは、仕事帰りだからではなくわざわざなのだと知ったのは、一緒に住むようになってからだ。 目の下の隈の濃さを見れば、シライが眠れていないのは明らかだった。 トキネがシライの寝顔を見たのは結婚初夜。「そういうものだから」という理由でしようとしたセックスに失敗して、裸で抱き合って眠ったその日だけだ。 シライの体を抱いて、同時に抱かれているとき、トキネは自分が兄に向けている感情に、珍しくもない名前が付いていることを知った。畳む 小ネタ 2024/08/12(Mon) 22:10:01
#追記 2024/08/14 9:42 結婚後の生活を足しました。
「わたしと結婚しませんか」
プロポーズはトキネからだった。
シライの人となりを十分に知っているとは言い難い。
なにせシライは年に一度、兄の命日に訪ねてくるだけの男だったから。
兄が命を落とした場所で待ち合わせて、トキネの家まで案内する。途中で買うお供えは、トキネの好みに合わせて買い求められる。最初に聞いた「知恵を貸してくれ、菓子だけに」というダジャレは全く上手くなかったけれど、買ってくれるお菓子はいつもおいしい。それだけに、兄の感想が聞けないことが寂しい。
家までの移動時間と、二つ折りにした線香が燃え尽きるまでを十二回分。
それが、トキネがシライと過ごした時間の全てだった。
兄の葬儀はこじんまりとしたものだった。
トキネが生まれるよりずっと前に流行した感染症の影響で、葬儀は身内だけで行われることが主流になっていたが、もし大々的にやったとしても、参列者は少なかったに違いない。トキネは兄が友達と遊んでいるところを見たことがなかったし、友達の話を聞いたこともなかった。
当時のトキネは小さくて、両親と兄の担任が話している内容は半分も理解できなかったけれど、家を出るときの担任が、どことなくホッとした様子だったことを覚えている。そのせいか、それとも違うのか、通夜も告別式も、子供はトキネだけだった。
棺に収められた兄の顔は穏やかで、暗い顔ばかり見ていたトキネには、知らない人であるように見えた。
去りどきが分からないでいるところを母に背中を押されて、元の席に戻る。
シライを見たのは、そのときが初めてだったと思う。
視線を感じて顔を上げて、知らない大人と目が合ったのだ。紫がかった黒髪の、黒猫みたいな黄色い目の人。今なら目礼でもして済ませるところを、トキネは驚き立ち止まってしまった。その日トキネに話しかける大人は一様に、トキネと目を合わせないようにしていたから。母が肩に手を添えてこなければ、そのまま立ち尽くしていたかもしれない。
焼香の列が切れ目なく続いて、両親に倣って頭を下げる。
シライの背中を見たトキネは「さっきのひとだ」と思ったけれど、その日はもう目が合わなかった。
命日は必ず平日になるわけではない。
一周忌、三回忌、七回忌。法事は先に延ばさないという、誰が始めたのか分からない慣例に則って、両親は年忌法要を仕事の都合がつく日に前倒しで執り行った。命日は命日で手を合わせるし、月命日だって朝晩にだって兄の写真を見ているから、法要は両親の言う通り「そういうもの」なのだとトキネは理解している。お宮参りと七五三に神社で撮った写真があるし、クリスマスには毎年ケーキを食べる。小さい頃にはハロウィンだってやっていた。
だから毎年きっちり命日に現れるシライは、トキネから見れば不思議な存在だった。
七月七日の、兄が死亡した時刻。
トキネは最初それを覚えていなかったが、毎年シライが同じ時刻に現れるものだから、逆に覚えてしまった。
七回忌を翌年に控えた頃にはトキネも中学生で、少しは物事が分かるようになっていたから、シライに七回忌法要があるらしいことを告げ、家族だけでするものだけどよければ、と誘ったのだ。一年先の話で、土日にやるということ以外、詳しいことは決まっていなかったけれど。
その時のシライの答えは否だった。
トキネの家のダイニングテーブルについたシライは、先ほど手を合わせたばかりの兄の写真を寂しそうな顔で見てから、「この時間以外来られねえんだ」と首を振った。シライは元々浮世離れした感のある人間だったが、そのときトキネは幽霊を見ているようだと思った。
驚いたときのシライは、急に人間に出会った猫のような顔をする。
トキネがプロポーズをしたのはこれが初めてだったが、シライが断ろうとしているということは分かった。後学のために断り文句を聞いてみたい気がしたが、反論を用意するのが面倒だ。
「おじさん結婚してる?」
「いや」
「だよね、指輪してないもん」
「……しない人もいるだろ」
「でもしてないんだよね」
「からかうのはよせ。トキネちゃんとおれじゃ年が離れすぎてる」
「お兄ちゃんならよかった?」
「……!」
分かりやすい反応だった。
シライはたぶん、トキネの――トキネの兄の前を、自分の感情を隠さなくていい場所だと思っている。十二年分の積み重ねを裏切るようで胸は傷むが、トキネとしては今決めてしまいたかった。
前を向きたくないわけじゃない。ただずっと、兄のことを思っていたかった。
◇
シライはトキネが実家から持ち出した写真を、一枚一枚、目に焼き付けるように見ていた。風呂から上がったトキネが続きは明日にしたらと言っても、もう少しだけと繰り返すばかりで、一向にモニターの前を離れない。
諦めたトキネが隣に座ると、シライはこれ幸いとばかりに、写真にまつわる思い出話をねだってきた。トキネとしても兄の話ができるのはやぶさかではないから、記憶を手繰り寄せて話をする。話の取り散らかり方は子供を相手にするのにも似ていて、これではどちらが年上だか分からない。
トキネが実家にいた頃、訪ねてきたシライにシライと兄の思い出を聞かせてほしいと言っても、シライは困った顔をするだけだった。「トキネちゃんに言えることじゃねえんだけど」という前置きと共に聞かされた「気持ちの整理がついていない」という言葉は、確かに肉親相手に言うには不適切だ。
それでもトキネがシライを兄の知り合いであると信じて疑わなかったのは、リビングに飾られた兄の遺影を見るシライの目が、懇意にした相手でなければありえないほどに柔らかかったからだ。トキネは兄のことをそんな風に愛しげに見る人間を、両親の他に知らなかった。
「おじさん、そろそろ寝ないと。明日も仕事でしょ?」
「トキネちゃんは?」
「わたしはお休み!」
「じゃあもう少しいいだろ」
「もー、知らないからね」
トキネはシライが何の仕事をしているのか知らない。毎朝ふらりと出て行って、夜に帰って来ることもあるし、日をまたぐことも珍しくない。弔問するシライがスーツを着ていたのは、仕事帰りだからではなくわざわざなのだと知ったのは、一緒に住むようになってからだ。
目の下の隈の濃さを見れば、シライが眠れていないのは明らかだった。
トキネがシライの寝顔を見たのは結婚初夜。「そういうものだから」という理由でしようとしたセックスに失敗して、裸で抱き合って眠ったその日だけだ。
シライの体を抱いて、同時に抱かれているとき、トキネは自分が兄に向けている感情に、珍しくもない名前が付いていることを知った。畳む