#運命の巻戻士 ムダ太さんはシラクロなら何でもいい人なのですが、先日サンシャイン水族館に行った折に言った両方魚のシラクロでもアリ判定をされました。書きかけてたけど正気に戻ったので供養。冒頭のみ。 伏せた部分を読む「そこ、狭くねぇの」 壁に穴が空いて水の震えが伝わるようになってすぐ、シライは目の前の少年に話しかけた。 シライの暮らす部屋に現れた透明な部屋。中には青みがかった体色の、自分の同族らしい個体が入っている。小さな子供だ。シライが群れを離れる前よりもまだ小さい。巨大な泡に塞がれた部屋に入れられ、もう好きなところに行けないと知ってから、一処にじっとしていることの方が多くなっていたシライは、小部屋の登場によって部屋が狭くなったことよりも、久方ぶりに会話のできそうな相手が現れたことの方が気になっていた。 「あんた、だれ?」 不信感がたっぷり載った声。少年は何かを後ろに庇うような動きをした直後、びくりと体を揺らして、それでもシライをキッと見る。 「おれはシライ。おまえと同じマキモドシだ」 「……」 少年は自分の体表を確かめて、それからシライに目を戻す。シライの言葉を疑っているのか、それともシライの存在自体を不審がっているのか。 シライは長らく同族を見ていない。それでも孤独を埋められる相手を求めて何度も思い出していたから、同族の容姿は覚えている。少年の自認がどうだかは知らないが、間違いなく、少年はマキモドシだった。 「……おじさんは、なんでここにいるの」 「シライだ。うっかり網に入っちまった。意に染まぬ結果もまぬけのツケだから仕方ねぇ」 聞き取れなかったのかもしれない。そう思ってシライは再度名前を告げてから質問に答える。聞こえたのかどうか、変化の少ない少年の表情からは読み取れない。もっとも、シライは群れにいた時分から相手の感情を読み取るのが不得手だったが。 「おまえの名前は?」 「……クロノ」 「クロノね。そこ狭いだろ。こっちに移れねぇ?」 声が届いているらしいことにホッとして、シライはもう一度冒頭の会話を試みる。 上から下へ。右から左へ。沈むように静かに泳いだ少年――クロノは、体を通せるような隙間がないことを確認すると、再び壁際まで寄ってきた。 「行けないみたいだ」 「そうか。おれがそっち行くんじゃ余計に狭くなっちまって本末転倒だからな」 シライが網に入った時のように、入るは易し出るは難しの可能性を踏まえて、クロノの側からは容易に出られるのではないかと考えたが、あてが外れた。シライも念のため小部屋の底面から上を見上げてみるが、クロノの腹の色が分かった以外に収穫はなかった。 「じゃあこのままでいるしかねぇか。そっちも飯は出るんだろ?」 「うん」 見ていたから知っていたことをあえて尋ね、クロノが肯定したのを見て安心する。見知らぬ子供の健康に関心を寄せる必要はなかったが、会話ができるのは本当に久しぶりなのだ。シライはクロノがこの場を気に入ってくれるよう願っていた。 「分からねぇことがあれば聞けよ、おれ、ここに来て長ぇから」 「おじさんはここのひとじゃないのか」 「生まれは別。おまえもそうだろ」 「……ここ、ミセ?」 「ミセ? ミセってなんだ?」 「分からない。妹を連れて行ったやつが言ってた。……おれ、妹を探してるんだ」 「じゃあ、クロノはここにずっといるわけじゃねぇのか」 「……」 シライの落胆を察したのか、クロノが怯んだような様子を見せる。別に気にすることではない、とシライはおどけてくるりと回った。簡単なことだ。クロノがよそに行くのならば一緒に行けばいいのだ。 「その『ミセ』ってやつ、探すの手伝ってやるよ」畳む このあと同じ水槽に入り、水シライがクロノのために尖った石をどけたり枯れた水草を引き抜いたりするのを見た飼育員が「ペアで営巣する」と日誌に書き留めます。 小ネタ 2025/06/12(Thu) 08:28:13
「そこ、狭くねぇの」
壁に穴が空いて水の震えが伝わるようになってすぐ、シライは目の前の少年に話しかけた。
シライの暮らす部屋に現れた透明な部屋。中には青みがかった体色の、自分の同族らしい個体が入っている。小さな子供だ。シライが群れを離れる前よりもまだ小さい。巨大な泡に塞がれた部屋に入れられ、もう好きなところに行けないと知ってから、一処にじっとしていることの方が多くなっていたシライは、小部屋の登場によって部屋が狭くなったことよりも、久方ぶりに会話のできそうな相手が現れたことの方が気になっていた。
「あんた、だれ?」
不信感がたっぷり載った声。少年は何かを後ろに庇うような動きをした直後、びくりと体を揺らして、それでもシライをキッと見る。
「おれはシライ。おまえと同じマキモドシだ」
「……」
少年は自分の体表を確かめて、それからシライに目を戻す。シライの言葉を疑っているのか、それともシライの存在自体を不審がっているのか。
シライは長らく同族を見ていない。それでも孤独を埋められる相手を求めて何度も思い出していたから、同族の容姿は覚えている。少年の自認がどうだかは知らないが、間違いなく、少年はマキモドシだった。
「……おじさんは、なんでここにいるの」
「シライだ。うっかり網に入っちまった。意に染まぬ結果もまぬけのツケだから仕方ねぇ」
聞き取れなかったのかもしれない。そう思ってシライは再度名前を告げてから質問に答える。聞こえたのかどうか、変化の少ない少年の表情からは読み取れない。もっとも、シライは群れにいた時分から相手の感情を読み取るのが不得手だったが。
「おまえの名前は?」
「……クロノ」
「クロノね。そこ狭いだろ。こっちに移れねぇ?」
声が届いているらしいことにホッとして、シライはもう一度冒頭の会話を試みる。
上から下へ。右から左へ。沈むように静かに泳いだ少年――クロノは、体を通せるような隙間がないことを確認すると、再び壁際まで寄ってきた。
「行けないみたいだ」
「そうか。おれがそっち行くんじゃ余計に狭くなっちまって本末転倒だからな」
シライが網に入った時のように、入るは易し出るは難しの可能性を踏まえて、クロノの側からは容易に出られるのではないかと考えたが、あてが外れた。シライも念のため小部屋の底面から上を見上げてみるが、クロノの腹の色が分かった以外に収穫はなかった。
「じゃあこのままでいるしかねぇか。そっちも飯は出るんだろ?」
「うん」
見ていたから知っていたことをあえて尋ね、クロノが肯定したのを見て安心する。見知らぬ子供の健康に関心を寄せる必要はなかったが、会話ができるのは本当に久しぶりなのだ。シライはクロノがこの場を気に入ってくれるよう願っていた。
「分からねぇことがあれば聞けよ、おれ、ここに来て長ぇから」
「おじさんはここのひとじゃないのか」
「生まれは別。おまえもそうだろ」
「……ここ、ミセ?」
「ミセ? ミセってなんだ?」
「分からない。妹を連れて行ったやつが言ってた。……おれ、妹を探してるんだ」
「じゃあ、クロノはここにずっといるわけじゃねぇのか」
「……」
シライの落胆を察したのか、クロノが怯んだような様子を見せる。別に気にすることではない、とシライはおどけてくるりと回った。簡単なことだ。クロノがよそに行くのならば一緒に行けばいいのだ。
「その『ミセ』ってやつ、探すの手伝ってやるよ」畳む
このあと同じ水槽に入り、水シライがクロノのために尖った石をどけたり枯れた水草を引き抜いたりするのを見た飼育員が「ペアで営巣する」と日誌に書き留めます。