うな
2024/12/28 10:59
緑茶とカブトガニとうんこが好き。今のハマっているものの話と旅行の話がメインのはず。居酒屋メニューが好きなんだけど、お酒を飲まないから旅先のご飯は定食屋さんになりがち。
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「すごい声だったな……」
宿舎の部屋に戻り、ベッドに横になったシライは、ジャングルの中で聞いたカカポの鳴き声を思い出していた。風に乗って五キロメートル先まで聞こえることがあるという声は間近で聞くには大きすぎて、今も隣で鳴いているような気がする。
巻戻士本部への帰還は翌朝だ。
カカポを見られるナイトツアーがあるらしいぞ、と勧めてきたのは、充電に入る前のクロホンだった。
任務が終われば本部にとんぼ返りして次に備えるのが常で、生活のすべてを本部の中で行うシライには、公私の区別などあってないようなものだ。たまの空き時間に有意義な変化を持たせようとするあたり、よくできた相棒を持ったとシライは思う。
「……匂いまでしてきやがった……」
カカポの鳴き声の余韻のせいだろうか。シライはカカポの体臭である甘い匂いを感じた。花のような、蜂蜜のような、匂いだけでは食欲をそそるとまではいかないが、何となく心惹かれる香りだ。
「いや、近すぎだろ!?」
寝返りを打ったシライは、明らかに近くでしている鳴き声と匂いに飛び起きた。
ベッドサイドの明かりをつけ、気配がしている壁際を見る。
果たしてそこには草色をした地上最弱の鳥――カカポがうずくまっていた。
「マジかよ……」
カカポの個体数は少ない。日本野鳥の会にカウントを頼るまでもなく、発見された個体すべてに名前が付けられているくらいに少ない。乱獲で数を減らした過去を鑑みずとも、部屋に連れ帰るなど許されるはずもない。
「元の場所に戻しに行かねえと、オウムだけに大目玉だぜ……!」
「……それで、なんでこんなとこに穴があるんだよ」
カカポのオスは繁殖期になると穴を掘る。遠くにいるメスに声を届かせるために反響板を作る感じだ。通常はカカポ一羽が入れるほどの穴だが、シライが落ちた穴はシライがすっぽり収まれるほどに大きかった。カカポのオスたちで形成するレックの出来損ないなのか、それとも天候等、別の事情でできた窪地なのか。
「カカポは無事か?」
落ちる直前、シライは抱えてきたカカポを手放した。木登りが得意で樹上から飛び降りることもできるカカポなら、シライの着地に巻き込むよりも自主性に任せた方が安全という判断で、それは実際正しい判断だった。
まだ尻餅をついているシライを尻目に、カカポはナイトツアーで見たときと同じダンスを踊っている。シライはカカポの個体識別ができていないため、目の前にいるカカポがナイトツアーで会ったカカポなのかそうではないのかは分からなかったが。
「こういう話あったよな。追いかけて行って穴に落ちて……おむすびころりんか」
体を起こして座り直したシライは、踊っているカカポを見ながら頬杖をついた。
カカポは鳴き声を立てず、翼を広げて体を揺すりながら、拍子を取るようにカチカチとくちばしを鳴らしている。窪地であるためか、野外であるにもかかわらず甘い匂いが充満している。
ふわふわの丸っこい目の前で鳥が踊る。あまりにも平和な光景だった。
暢気に考えているシライは知らない。
野生動物としては珍しく、カカポの交尾への挑戦が四十分にも及ぶことを。